思考する生活 Life of Thinking 第二十二回目 働き方の時間概念、今昔
働き方改革という言葉が世の中に表れてから既に10年近くが経とうとしている。
たしかにこの10年を振り返ってみると私たちを取り巻くワークスタイルがどんどんと変化していった。
特に時間に対する捉え方が大きく変わったのではないか?
以前、わたしが組織のなかで働いていた時の時間の扱いについて振り返ってみたい。
平成が始まった間も無くの頃に社会人としてデビューをしたのであるが、この当時は全職種、全職場とも社員はみな、朝の9時に出社しタイムカードに打刻をしていた。また週始まりの月曜日にはいつもより30分早い8:30に出社して朝会なるものがあった。
当時、私が新卒で入った会社には朝会終了後に掛け声、なるものがあって政治家の選挙の出陣式のような“エイエイオー”をフロア全員で拳を上げていたのだ。
今思うとなんだかなぁ、な昭和な場面であった。
それから3年が過ぎると、フレックスタイムなるものがビジネスシーンに表れた。
このフレックスタイムをご存知ない方に簡単に説明すると、職種によって働く時間帯に差があるので(例えば、営業職の人は朝早く仕事が始まるが、制作職の人は仕事が終了するのが夜遅い、など、、)職種別に必ず会社にいなければいけないコアタイムを設定し、それ以外の時間は個々の判断に任せる、というものである。
当時、私が所属していた部署は制作業務も兼務する企画部門であり仕事が終了する時間が遅い傾向にあった。
私の部門はコアタイムが11:00〜14:00に設定された。
つまり、コアタイム以外は必ずしも会社にいなくても良いということでもある。
フレックスタイムが施行されると朝の9時、10時に会議や打ち合わせのある日以外の私の出社時間はほぼ11時となった。
前の晩に飲みすぎた翌日やどうも頭が働かない日は14時以降に早帰りもした。
このようなワークスタイルを取っていたある日、私は上司に呼ばれ会議室でこっぴどく叱られた。
内容はフレックスタイムを利用しすぎていて怠けているから勤務態度を改めるように、という事であった。
私は大きな違和感を覚えた。
そもそもこれは会社で決めた個人に選択権のあるオプションルールなのではないか?と強く感じたからである。
私はぶーたれた表情で『はい、わかりました。』と上司に言い残して会議室を出ていった。
それから数ヶ月後の人事異動で営業部門に異動になった。
営業部門にもフレックスタイムはあった。営業部門のフレックスタイムは10:00-13:00であった。
しかしフレックスタイムなど使っている人は誰一人としていなかった。
営業部門にはローカルルールがあり、必ず朝の9時に出社するという暗黙のルールがあった。たとえ前の日に接待で遅くなったとしても這ってでも会社に来ることがマストであった。寝不足と前の晩に酒を浴びるように飲んで頭など働くはずもないので、9時に出社すると10時には会社を出て(クライアントに行くふりをして)サウナに行って休む人がなんと多かったことか、、それ以外にも営業部門にはベテランになると直行直帰、つまり出社せずにクライアントに直行し社に戻らずに帰宅するという素晴らしい裏ワザもあったのだ。
つまり営業部門においては事実上、フレックスタイムなどあって無いようなモノであったのだ。
この営業部門にも月曜日の朝は必ず8:30に出社し、朝会をするという絶対的な決まりがあった。
当時の私には大きな疑問があった。
なぜ、世の中の多くの会社は9時始業5時終了なのであろうか?(とはいっても当時の会社は5時に終了することなど稀であったが)
学校であれば毎日の授業のタイムスケジュールが必ずあるので決まった時間に行かなければならないのは至極納得なのであるが、一部の定例の会議やミーティングを除けば時間を自由にやりくりしてもいいのではないか、と。
ある日、私はこの9時5時の決まりのワケを知った。
答えは至極単純である、多くの工場が9時始まり5時終わりであるからなのだ。
しかし、私の会社は製造業ではなかった。
同じくして銀行の窓口業務はなぜ、9時3時なのかも知った。
この決まりが出来たのは太平洋戦争時に決まったルールなのだ。
その理由は夕方近くになって銀行の店舗に灯がついていると空襲のターゲットにされやすいので3時に閉店となったのだ。
誰が決めたのでもない暗黙のルールに従うことがいかに多いことか、、
さて、2020年から私たちの働き方が大きく変化した。
リモートワークのそれである。
それまでは仕事というのは会社に行って、もしくは現場に行ってこその”仕事”であった。
それがコロナウィルス感染症の拡大とともに働き方のスタイルがガラリと変わってしまった。
変わったと同時に会社に行かなくても仕事が出来る、という大きな発見を多くの人々が
体現したのである。
この原稿は2023年の6月現在に執筆している。
コロナウィルス感染症もどうにか出口が見え始めたようで世の中が平常時に一歩ずつ戻ってきている。
わたし自身も外出することが以前に比べ多くなり、電車に乗るとネクタイ姿の人々を多く見かけるようになった。
ここで私はある変化に気づいた。電車に乗っているネクタイ姿の人々の平均年齢がとても高いのだ。少子高齢化の昨今とはいえこの3年でそんなに進んだとは思えない。
先日、日本有数のビジネス街で打ち合わせを終え蕎麦屋でざる蕎麦を啜っていると30代前半と思われる男女の会社員4人が横の席で談笑していた。
話の内容は下記のとおり。
「出社をしての打ち合わせが最近多くなってきたがリモートで済ませられる事なのにおじさんたちは会社に来るように言ってくる、これ無駄だよね」
「そうそう、この3年でリアルでなければ出来ないこと、リモートで済むことの分別がついたのにね、ムリ、無駄はやめて欲しいよね。出社するのに1時間もかかるし、、」
「この状況が続くようだったら転職しようかなぁ」
「あ、それ私も考えてた」
彼らは皆、とても利発そうであった。
利発な若手ビジネスマンを逃さないためには、コロナで得られた、時間を自由に使える働き方を維持すべきであろう。
ちなみに、私が最も長い期間勤務していた会社は常に斬新な事業を数多く興していることで有名である。この会社はリモートとリアルを各自の判断にこれからも委ねているとの事だ。
最後にダーウィンの名言、
強い者、賢い者が生き残るのではない。変化に対応できる者が生き残るのだ。
増村岳史
アート・アンド・ロジック株式会社 代表取締役
増村 岳史 / Masumura Takeshi
大学卒業後、株式会社リクルート入社。マーケティング、営業を経て映画、音楽の製作および出版事業を経験。
リクルート退社後、音楽配信事業に携わったのち、テレビ局や出版社とのコンテンツ事業の共同開発に従事する。2015年アートと人々との間の垣根を越えるべく、誰もが驚異的に短期間で絵が描けるART&LOGIC(アートアンドロジック)を立ち上げ、現在に至る。著書に『ビジネスの限界はアートで超えろ! 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『東京藝大美術学部 究極の思考』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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