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思考する生活 Life of Thinking 第十六回目 ジャズピアニスト上原ひろみの名演奏を聴いて思考したこと

今年もあと僅かである。この原稿を私は2022年の年末に執筆している。
皆さんの2022年はどのような年であっただろうか?
私も仕事プライベート様々なことがあったのだが特筆すべきことは音楽ライブに何度も行ったことであろう。

2020年からコロナの影響で緊急事態宣言中は当然ながら、多くの期間にてライブ活動が中止を余儀なくされていたがやっと今年、2022年からライブ活動が世界中で全面的に再開された。
私は、クラシックからポップス、ジャズに至るまで多くの演奏に足を運んだ。
その中でも最も印象に残るのは世界的なジャズピアニスト上原ひろみのライブ演奏であった。

私は今年彼女のライブに2回行った。1回目は1月、そして2回目は12月のつい最近であった。つまり私の2022年の音楽鑑賞歴は上原ひろみに始まり上原ひろみに終わったのである。

上原ひろみはロナ渦初年の2020年より自らが手を挙げ”SAVE LIVE MUSIC”なる企画を立ち上げてライブハウスで出来うる限りの回数の公演を行った。
彼女の一心なる、自分を育ててくれたライブ会場に恩返しをしたい、という想いからの企画であった。

小心者の私はこの”SAVE LIVE MUSIC”があることを知りながらもし感染したら、という恐怖心ゆえになかなか会場に足を運ぶことが出来なかったのであるが、数回のワクチン接種をした安心感からかやっと重い腰を上げてライブに行くことを決断したのだ。

とはいうものの世界的な人気を誇る上原ひろみである、チケットはいつも発売と同時に即完売だ。1月のライブは見事にチケットが取れなかったのだがライブ会場のホームページに下記の一文があった。

“当日、キャンセルが出る場合もありますので電話でお問い合わせください”

私はこのチャンスに懸けて1月某日の当日にライブ会場に電話をかけると奇跡的に席が空き見事、演奏会に行くことが出来た。

当日の演奏はソロピアノによるものであった。
いつも彼女の演奏を聴くたびに感じることがある。
それはピアノの鍵盤から放たれる1音1音がまるで粒子のように私に飛んでくるのだ。
際立った音が私の体内に染み込みように感じられるのだ。

音楽というのはとても面白いもので、同じ楽器を弾いても人によって出てくる音が違う。
おそらく私は過去に数百人の演奏家(プレイヤー)のライブに足を運んでいるのだが彼女の演奏だけはいつも別格なのだ。

音と音の間に流れる空気との間の際(エッジ)がまるで歴代の巨匠の画家たちの筆さばきのようなのだ。
最後のアンコールの1曲はジャズの曲ではなく今は亡き偉大なソウルシンガーであるビルウィザースという人の名曲”Lean On Me”であった。
もちろん歌なしのピアノでの曲のみの演奏である。

この”Lean On Me”の歌詞の内容をざっくりと要約すると下記のとおりであ
“つらい時や悲しい時、荷物が大きすぎて持てない時はいつでも僕を頼ってね、友達なんだから”

私はこの歌詞の内容を知っていたので目頭が熱くなってしまったのだ。
つまり彼女がこの曲に込めたメッセージは言わずもがなである。
彼女を育ててくれたライブ会場へのまさに恩返しのメッセージなのだ。
上原ひろみは心の際も美しいのである。

そして2回目のライブはつい最近12月の某日であった。
ジャズをほとんど聞いたことのない知り合いと連れ添って行った。
その知り合いはジャズなんて映画のBGMぐらいでしか聞いたことがないので、果たして聴いてわかるのだろうか?有名な人なので名前は聞いたことはあるけど、、と言っていた。

当日は夜の8時30分からの回であった、会場に着くとどうやらリハーサルが押しているそうで演奏開始は8時45分ぐらいからであった。
演奏が始まるとあっという間に時間が過ぎていった。今回の彼女のステージはピアノに加え弦楽四重奏を率いての演奏であった。
通常のライブコンサートであれば1曲7~8分ぐらいの曲を3回程度演奏したところでMCが入り小休憩となるのだが、今回はMCを入れずに90分間ずっと怒涛のような演奏が続いたのであった。

いや、もっと正確にいうならば時間が流れるのを忘れてしまうほど聴いている私がゾーンに入ってしまったのだ。

アンコールも終わり演奏が終焉すると時計の針は10時30分をまわっていた。
一緒に行ったジャズ超初心者のツレに感想を聞くと“『上原ひろみは陽キャラであった』という私が予想だにしない感想が返ってきた。

いつもだとライブ終了後に軽く食事をして感想を語り合うのだが当日は時間も遅くお互い仕事のある身なので会場を立ち去ってお互い帰路についたのだった。
翌日、私がチャットで詳しい感想を聞いたところ、感動のあまり演奏の記憶が心の奥にまで突き刺さって食欲不振になったというのだ!
な、なんだこの人は!と思った。
ちなみに私の翌日の感慨は(私も一応ミュージシャンの端くれとして)ライブに行くと
モチベーションが一気に上がり楽器の練習にいつも以上に精を出すのだが、今回は演奏が凄すぎて楽器に(ちなみにジャズギタリストである)触れることが恐れ多くなってしまったのだ。

それだけ上原ひろみの演奏は心に突き刺さるのだ。
しかしながら気に入らない演奏ならばまだしも感動をした結果として食欲不振になってしまった人は初めてなので私自身、不思議な気持ちになりつつも人によって感じ方の違いをあらためて認識したのだ。

後日、食欲不振の理由の詳細がチャットで送られてきた。
一緒に行ったツレはライブの翌日から上原ひろみについて検索をしまくったそうなのだ。
そこでインタビュー記事のとあるコメントに大きく動揺したとのことなのだ。

そのコメントとは

『私は天才ではない、ただ普通に自分を出しているだけ』

であった。

連れ立った人が動揺した大きな理由は上原ひろみが自分を出していることにあったのだ。

曰く、当たり前のようでいてほとんどの人間ができてない「自分の持って生まれたものの解放」
を常にしている上原ひろみに大きく動揺し、羨望はおろか不愉快にさえ思ったそうで、これが食欲減退につながったとのことなのだ。

ツレは私がいうのも何だが極めて優秀な組織人である。
私が組織人であった時はいつも落第ギリギリの出来の悪い学生のようであった。

組織では自分を丸ごと出しては決していけないところであるのを何十年も社会人をやって私は初めて気づいたのであった。

増村岳史

アート・アンド・ロジック株式会社  代表取締役
増村 岳史 / Masumura Takeshi
大学卒業後、株式会社リクルート入社。マーケティング、営業を経て映画、音楽の製作および出版事業を経験。
リクルート退社後、音楽配信事業に携わったのち、テレビ局や出版社とのコンテンツ事業の共同開発に従事する。2015年アートと人々との間の垣根を越えるべく、誰もが驚異的に短期間で絵が描けるART&LOGIC(アートアンドロジック)を立ち上げ、現在に至る。著書に『ビジネスの限界はアートで超えろ! 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『東京藝大美術学部 究極の思考』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

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